● CASE.12

食品安全文化の醸成が、
顧客からの信頼と
ブランド価値を高める一手に

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● SYMPOSIUM

サンエイト貿易株式会社

サンエイト貿易株式会社 代表取締役社長
齋藤 正巳さま

サンエイト貿易株式会社 品質管理課課長
長友 麻央さま

前・国立医薬品食品衛生研究所 安全情報部部長/弊社指導顧問
畝山 智香子さま

前・GFSI日本代表/弊社指導顧問
湯川 剛一郎さま

株式会社髙澤品質管理研究所 所長
髙澤 秀行

株式会社髙澤品質管理研究所 第三コンサル室 室長
角 弓子

消費者庁リスクコミュニケーター/司会進行
竹山 マユミさま

● THEMA
いま、食品業界で最も重要視されているのが「食品安全文化」の醸成です。食品安全文化はいかにして育まれ、企業のブランド価値向上にどのように結びつくのか?長年にわたり高級製菓材料の輸入を手がけ、品質志向を貫いてこられたサンエイト貿易株式会社様と2008年以来、その歩みを支援してきた髙澤品質管理研究所、そして当社の指導顧問が話し合いました(2025年10月7日/金沢白鳥路ホテル山楽にて開催)。


なぜ今、食品安全を「文化」として捉えるべきなのか

髙澤●本日はお集まりいただきありがとうございます。今日ここで議論したいのは、単にルールを守るだけでなく、そこから一歩進んで自ら考え行動する「食品安全文化」をいかに組織に根付かせるか、というテーマです。
私たちがコンサルティング契約を結んで17年になるサンエイト貿易様は、フレーバーティーのリコールという苦い経験を糧に、ゲートレビューやヨーロッパでの現地監査などを通じて、安全性の確認に徹底して取り組むほか、組織的学習を積み重ね、食品安全文化を育んでこられました。
では、なぜ今、食品安全文化の醸成が求められているのでしょうか。それは、どれほど精緻なマニュアルやルールを整備しても、それを使う「人」の意識と行動が伴わなければ、食品安全は担保できないからです。「やらされ仕事」になっている現場では、手順は形骸化し、予期せぬリスクは見過ごされがちです。
目指すのは、そこからの脱却です。具体的には、組織のトップから現場の従業員一人ひとりに至るまで、「安全な食品を提供する」という共通の価値観と信念が深く浸透し、それが無意識の行動として現れている状態。いわば、組織のDNAとして「安全が最優先」という考えが根付いている状態です。
食品安全文化とは、HACCPやFSSC22000といった制度や仕組みのさらに上位にある概念であり、これこそが組織の信頼とブランド価値を支える土台そのものです。本日は、この文化をいかに深め、進化させていくかを皆様と議論していきたいと思います。
事業者は日頃から、グローバルな問題に感度を高く

竹山●まず、海外から食品を輸入する事業者のリスクと責任について、畝山先生にお話を伺いたいと思います。

畝山●食品の安全性を確保する基本原則は、国内外を問わず「事業者が責任を持つ」ということです。行政の役割はあくまで補助的なものです。もちろん国によって基準は異なりますが、最も重要なのは、事業者が「これは安全だ」と科学的に確信できるものだけを販売する姿勢です。基準を守るのは法律上の最低限の義務であり、「基準がないから大丈夫」ということにはなりません。
消費者の安全に対する要求水準は時代と共に変化します。今、日本の食品の半分以上は輸入品ですが、検疫所での審査を経ているため、国内品より高いレベルが期待される側面もあります。
グローバル化が進む現代では、産地だけでなく流通過程のリスクも追跡する必要があります。ヨーロッパ産の製品でも、原材料は全く別の国から来ているかもしれません。常にグローバルな問題に感度を高くしておくことが重要です。例えば、最近では、気候変動に伴うカビ毒のリスクが国際的に注目されています。
残念ながら、日本の食品安全を担う行政機関のリソースは十分とは言えません。だからこそ、事業者の皆様がプロアクティブに、つまり国が規制を設ける前から最新のグローバルな情報を収集し、対策を準備しておくことが望ましいのです。その姿勢こそが、消費者の期待に応えることにつながります。

 
毎月の「食品安全委員会」が改善の起点に

竹山●地球環境の変化によって基準が変わる可能性があるのですね。湯川先生、国際認証制度もそうした変化に対応していくのでしょうか。

湯川●まさにその通りです。私が専門とするFSSC22000などの食品安全マネジメントシステムの基本は、畝山先生がおっしゃったような「新たなリスク情報や変化の兆しをいかに捉え、対応に生かすか」にあります。
情報の変化を受け取る「感度」が非常に重要です。その情報をもとに計画を立て、PDCAサイクルを回すわけですが、「何を変えるか」を最終的に決定するのは、現場ではなくトップマネジメントなのです。
企業活動とは、情報の変化に対応し、トップマネジメントでPDCAを回していくことに他なりません。特に重要なのが、最初の「変化への気づき」です。「何を大げさな」「取るに足らない情報だ」と無視してしまっては、後の対応に結びつきません。 消費者からの苦情や従業員からの報告といった情報を、一度真摯に受け止め、対応の必要性を判断する。この姿勢こそが、企業の文化そのものなのです。
トップの指導力が強すぎると、部下は何も言わなくなり、情報が上がってこなくなります。逆に現場に任せきりだと、責任が重すぎてうまくいきません。このバランスを取ることが、文化を醸成する上で極めて重要です。規格で言われる「食品安全文化」とは、突き詰めれば、企業内外のコミュニケーションが円滑に行われているかどうかに尽きると私は考えています。
組織を動かすのは、何と言ってもトップの決断

竹山●トップマネジメントが重要とのことでしたが、実践されているサンエイト貿易の齋藤社長は、どのようにお感じになりますか。

齋藤●お二人の先生のお話は、食品安全に限らず、我々がビジネスを行う上での経営の根幹に通じるものだと感じました。変化に対する「感度」を組織として常に持ち続けること、お客様や現場から上がってくる情報を吸い上げ、社内にフィードバックする習慣、これらはまさに企業文化そのものです。社員一人ひとりがそうした感度を持てる組織を作ることが、経営者の役割だと改めて認識しました。

竹山●その企業文化を品質管理の面から担う長友さんは、どのように捉えていらっしゃいますか。

長友●正直に申し上げますと、社員一人ひとりの「感度」や意識を統一し、引き上げていくことが最も難しいと感じています。私が入社した当初、食の安全安心に対する考え方が、社員によってあまりにも違うことに驚きました。この意識の差を埋め、文化として根付かせることの難しさを日々痛感しました。

竹山●その課題に対し、どのように取り組んでいらっしゃるのですか?

長友●その課題を解決するため、私たちは2008年4月から「食品安全管理委員会」を毎月欠かさず開催してきました。臨時開催を除き、2025年9月時点で209回を数えます。この委員会で各部署の課題を洗い出し、粘り強く改善に取り組むことで、会社全体の「食の安全・安心」に対する感度を底上げし、意識改革を進めることができました。社員の意識が変わったことが一番大きな成果だと感じています。また、以前は埋もれがちだったクレーム情報も、委員会で報告を徹底したことで正確に集約できるようになり、分析と対策を進めた結果、課題であった微生物(カビ)によるクレームや品質不良を大幅に削減することに成功しました。

竹山●品質管理部門は孤独になりがちだと聞きますが。

長友●はい、その通りです。相談相手がなかなかいない中で、いつでも専門的なアドバイスをいただける髙澤品質管理研究所さんのような存在は、非常に心強いですね。

髙澤●私たち研究所の役割は、方程式を教えることではありません。企業様の歴史や事情はそれぞれ異なりますから、一緒に考え、オーダーメイドで仕組みを構築していくしかありません。その中で最も重要なのが、齋藤社長のようなトップとのコミュニケーションです。これがなければ、うまくいった試しがありません。委員会を通じて現場の悩みや実情を吸い上げ、どうすればうまくいくかを一緒に考え、点と点だった取り組みを線に、面に、そして立体にしていく。その過程で、我々自身もサンエイト貿易様から多くのことを学ばせていただいています。

 
食品表示の間違いは重大なハザード

髙澤●サンエイト貿易様のようなインポーターにとって、海外の基準と日本の法律をすり合わせ、国内向けの表示ラベルをデザインする作業は極めて重要です。特にこの分野では、弊社の角が長友さんと連携し、大きく貢献できたのではないかと思います。

角●畝山先生のお話にもありましたが、原料の生産国、一次加工国、最終加工国がすべて違うというケースは珍しくありません。情報を深く掘り下げていくと、「あれ、この表示は正しくないかもしれない」と気づくことがあります。ですからそうした情報の取得はもちろん、なぜその情報が必要なのかという知識も重要になりますね。

竹山●表示に関して、少しでも曖昧な点があってはならないのでしょうか。

湯川●そこはルールの性格を知ることが大切です。例えば、原材料の表示は多いものから順に書きますが、4番目と5番目が逆でも、直ちに回収命令が出ることは常識的にはありません。しかし、アレルギー物質や、基準値が定められている食品添加物は、基準を超えれば即アウトです。厳格に管理すべきことと、常識的な範囲で管理すればよいことを見極める力が必要です。
ここで強調したいのは、食品表示は安全管理の重要な手段であるという点です。品質管理の担当者は残留農薬や微生物には熱心ですが、表示への意識が薄いことがあります。逆に表示担当者は表示ルールには詳しいですが、それが安全衛生管理の一環だという意識が低い。この両者をつなぐのはアレルゲン表示くらいです。
産地が変わるという一つの情報も、カビ毒のリスク(品質管理)と、原料原産地表示の両方に影響します。両方の知識があれば、情報の受け取る幅が広がり、齋藤社長がおっしゃった「感度」が高まるのです。

髙澤●おっしゃる通りです。HACCPの考え方では、ラベルデザインの間違いは重大なハザードにつながります。特に「アレルギー物質の誤表記」「賞味期限の間違い」「保存方法の間違い」は、人の健康に直接影響を及ぼします。
驚くことに、これまでHACCPの工程管理図に「ラベルデザイン」という工程が含まれることはほとんどありませんでした。しかし、日本の自主回収事例の約4分の3が食品表示のミスによるものです。海外から得た情報を、日本の消費者の命と健康を守るために正しくデザインし、ダブルチェックで検証する。このプロセスは極めて重要です。サンエイト貿易様では、新商品のゲートレビューを通じて、発売前にこれらの安全確認プロセスを委員会の全員で確かめ合っています。

齋藤●社内では、品質管理部門と他部署が日々ガチャガチャとやり合っている声がよく聞こえてきます(笑)。それは、ラベル一つがお客様の安心・安全、ひいては会社の信用、リコールのような大きな問題に直結するという意識が、社員一人ひとりに根付いてきている証拠だと思っています。あえて周りに聞こえるように議論している部分もあるようで、良いことだと感じていますね。

 
守りから攻めへ。品質管理を「価値」に変えるブランド戦略

髙澤●私たちはサンエイト貿易様に対し、表示に関する研修やドリル形式のテストを継続的に実施し、知識の定着とアップデートを図ってきました。しかし、次の課題も見えています。それは、安全安心への取り組みを、いかにして「儲かる品質管理」、つまりブランド価値につなげるかです。
多くの現場では、安全を守ることは当然の義務であり、それが自分の給料や待遇にどう結びつくのかが実感できていません。しかし、「サンエイト貿易の食材は、アレルゲン管理を徹底しているので安心です」と一言添えることができれば、それは強力なセールストークになり、商品の付加価値になります。バックオフィスでの地道な取り組みこそが、商品を支える価値なのだという自覚を、組織全体で共有することが次のステップです。

齋藤●「文化の醸成」は、一朝一夕にできることではありません。当社が創業から46年間ビジネスを続けてこられたのも、信用の積み重ねの結果です。髙澤さんがおっしゃるように、私たちが当たり前にやっている安全への備えを、「企業価値」として対外的にアピールしていくことは非常に重要だと感じました。守るだけでなく、攻めていく姿勢が必要ですね。

髙澤●まさに「ディフェンスによるオフェンス」です。海外のサプライヤーで起きた食中毒や汚染の事例をリスト化し、社内で共有することで、「だから私たちの管理は重要なんだ」という危機感を醸成できます。リスクを学ぶことで、強固なディフェンスが築ける。そして、強固なディフェンスは、最大の信頼となり、攻めの営業力に転換できるはずです。
事実、サンエイト貿易様では、委員会活動が活性化し、クレームの情報を全社で共有・分析するようになってから、クレーム件数は劇的に減少しました。これにより、クレーム処理にかかるコストも削減できているはずです。

齋藤●我々経営サイドは、品質管理をコストではなく「価値」として捉えなければなりません。その価値とは、お客様からの信用・信頼です。「サンエイト貿易はしっかりした取り組みをしているから、安心して取引できる」と思っていただけること。それが我々のビジネスの根幹です。クレームが減少しているという数字の結果は、取り組みが正しかったことの証明であり、経営的にも非常に良い方向に来ていると感じています。
次のテーマは業務の「標準化」と「システム化」

髙澤●サンエイト貿易様の食品安全文化は、第一段階の成熟期に来たと言えるでしょう。次のテーマは、業務の「標準化」と「システム化」です。属人化している作業を整理し、誰がやっても同じ品質を担保できる仕組みを構築することで、組織はさらに安定します。人の入れ替わりがあっても揺るがない、本当の意味での「文化」が定着するのです。

湯川●結局、組織が動くかどうかはトップマネジメント次第です。トップの覚悟がなければ、文化は決して定着しません。
齋藤社長はもともとファッションビジネスを手掛けておられ、その視点を食品業界に持ち込まれたと伺いました。「モノ」の価値だけでなく、安心・安全という「企業の取り組み姿勢」を含めて価値を提供する「ブランドビジネス」という考え方は、今後の食品業界において極めて重要になるでしょう。

畝山●コーデックスで「食品安全文化」が話題になった当初は、曖昧で分かりにくい概念だと感じましたが、今では日本の「社風」に近いもののように感じています。何か問題が起きた時に、その背景まで含めてきちんと説明責任を果たせるバックグラウンドを構築しておくこと。それが、特に嗜好性の高い食品を扱う事業者にとって、最大のリスク管理になるのではないでしょうか。

竹山●最後に齋藤社長、本日のご感想をお願いします。

齋藤●本日はありがとうございました。自分たちのやってきたことが正しかったのだと再確認でき、確信が持てました。そして、この取り組みの価値をお客様にもっと認めていただけるよう、私たち自身が率先して社内に浸透させ、社外にも発信していかなければならないと、決意を新たにしました。これからも、文化の醸成に向けて努力を続けてまいります。

髙澤●私たち髙澤品質管理研究所は、これからも科学的知見と実践的なノウハウをもって、サンエイト貿易様の挑戦に寄り添い、ブランド価値向上につながる食品安全文化の醸成を、専門的な視点から力強く伴走支援してまいります。本日は誠にありがとうございました。
サンエイト貿易株式会社はこちら
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